はじめまして、またはいつも読んでくださっている皆さまへ。
北木右京(北木@創作ノート)です。
声・気配・言葉――
目に見えないものの中に、人の本質が宿っている。
そんな気づきをもとに、希望と再生をテーマにした創作を続けています。
先日、地域の図書館へ著作本の寄贈(献本)に行ってきました。
「相貌失認」
「無菌室のランナー」
「ノーマライゼーションの風景」
人の生をめぐる三部作として書いてきた3冊です。
事前に連絡をして受け入れ可能との確認をとって、図書館へ足を運びました。

なぜ地域図書館へ寄贈したのか
出版し、国立国会図書館へ納本したときから、
次は地域の図書館へ寄贈しようと決めていました。
国会図書館に所蔵されれば、本は後世へ残ります。
しかし国会図書館は、誰もが日常的に利用する場所とは少し違います。
国会での議事録や資料、調査研究を支える役割を持ち、
所蔵・保存の意味合いが強い図書館です。
また、本館は東京、関西館は京都府にあり、
多くの人にとって気軽に訪れる場所ではありません。
もちろん国会図書館で本を読むことはできます。
わたしは、本がもっと身近な場所で読まれてほしいと思いました。
本は読まれるためにある
私は、本は読まれるためにあると思っています。
書店で手に取られることも、本棚に並ぶことも嬉しいことです。
けれど本は、誰かがページを開いてはじめて物語や言葉が息をし始めます。
図書館には、年齢も職業も異なるさまざまな人が訪れます。
興味を持って借りる人もいれば、偶然棚で見つける人もいるでしょう。
出会いの中で、作品が誰かの日常へ自然に入り込んでいく。
それが図書館という場所の大きな魅力だと思っています。
地域の読者との接点について
久しぶりに地域の図書館へ足を運びました。
館内には思った以上に多くの人がいました。
人がいるのに静か。
誰かが本を探していて、誰かが机に向かい、誰かがページをめくっている。
その光景を見ながら、
図書館という場所は特別な施設である以前に、
暮らしの中へ静かに根付いている場所なのだと感じました。
本を読む人がいて、本を探す人がいて、本との出会いを待っている人がいる。
そんな場所に、自分の本を置いていただけることをありがたく思いました。
寄贈手続きについて
寄贈(献本)の手続きは、とても簡単なものでした。
作品について簡単に説明をし、必要書類へ記入して手続きは終了しました。
職員の方の丁寧な対応に、感謝しています。
誰かの手に届くことを願って
本が実際に配架されるかどうか、いつ貸し出されるかは分かりません。
それでも、この本たちが必要としている誰かの手に、
いつか静かに届けばいいなと思っています。
人生のどこかのタイミングで。何気なく立ち寄った図書館で。
偶然手に取った一冊として。
もしその時間が、その人にとって少しでも有意義だったなら
著者としてこれ以上嬉しいことはありません。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
書くことで、見えないものに光を灯す――
これからも静かに、言葉を紡いでいきます。


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